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「持たない女性」と「持てない女性」

この本の著者は、「妊娠することができない女性は歴史的に『不毛』のレッテルを貼られてきた。ありがたいことに現在では廃れつつある言葉だ。」としています。そして、「長いこと、不妊には恥辱がからめられてきた・・・中略・・・不妊はしばしば、色欲と性的な罪を結び付けられると指摘される」そして「不妊は女性の問題だという文化的な思い込みが存在するが、これは間違いだ。」としながら、生殖障害の原因は男女で半々、しかし、不妊によって最も傷つくのは女性のほうである、と憂いています。また、夫婦を対象としたある研究によって、「夫が概して、不妊に狼狽はするものの、悲劇とはみなさないのに対し、妻は不妊を、妻としての役割を根幹から揺るがす汚点だと考えていることがあきらかになった。」としています。そんな不妊の女性への救いは、意外にも産まないことを決めた女性の姿にヒントがあるのだということです。

◆母親という迷宮

結婚したら母親になるのが当然、という前提のもとで周囲からのプレッシャーに耐えながら、辛い不妊治療に耐え続け、そして結果的に子どものいな人生を選ばざるを得なかった女性が自らの魂を救っていくには、どんな道があるのでしょうか。著者は、「選んで子どもを持たない女性と不妊の女性がお互いにかけるべき言葉はあるだろうか?もしかしたら不妊の女性は、母性を超越した人生を積極的に謳歌している同じ女性の姿を見ることで、ある種の安心感を得られるかもしれない」としています。「自分はどうして子どもにめぐまれないか?」「何が悪いのか」「医学的な処置は尽くしたはず」そんな問題の迷宮に踏み込んでいては、永遠に解決できないのだということなのでしょう。

◆新たな自我との出会い

そして著者は、「子どもを持たなくても完全だと感じ、強固なアイデンティティと目的意識を持った女性の姿を熟しするうちに、彼女の悲歎は昇華しはじめるかもしれない」と続けています。少なくとも、気ままに自由を謳歌している子なしの女性の爪の垢を煎じて飲むことを勧めているわけではないでしょうが、結果的に子どもを授かったかどうかにかかわらず、強固なアイデンティティを持つことは必要だし、既にあるものなのだと、覚醒を促していると思いたいものです。不妊によって、人には推し量ることのできない苦しさや悲しさを味わってきたはずです。溢れる母性を我が子に注ぐ用意をだれよりも万端にしていたはずです。そして苦しみを乗り越えた自分を癒し、そして称賛し、新たなアイデンティティに目覚めてその輝く母性を昇華させ、昇華させた母性を新たなステージでいかんなく発揮するために、不妊の女性からすると対極のあえて子どもをもたなかった女性に目を向けることを示唆とも思われます。

エピローグでは、「おそらく女性が最も望んでいるのは、自分自身のアイデンティティを決定するチャンスだろう」としています。女性は子どもを産んで育てこそ存在価値を見出されないというありがちなトラウマから脱し、新たな自分自身を見出して最も力強く歩き出すことができるのは、他ならぬ不妊に悩み、苦しんでいる女性たちなのかもしれません。

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