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不妊ではない私の「産まない決断」とその後(2)

子どもを産まない選択を決めた瞬間から夫婦二人だけの生活が始まります。しかし「産まない選択」と一口に言っても、初めから自分の人生計画に自分の子供の登場を予定していない人と、何年もの不妊治療を経験した末に子どもを持つことを諦めた人とは、全く心の風景が違います。

◆不妊治療を諦めた人たち

男性の不妊はバイアグラなど性機能障害を助ける薬など治療方法がありますが、女性の場合は性機能の違いにより治療法も複雑で時間がかかります。特に何年にもわたって、経済的にも、身体的にも、そして精神的にも辛い不妊治療を受けて結果が出ずに諦めた人は、例えようもない虚無感や喪失感に襲われることが少なくないようです。あらゆる苦痛に耐えながら歯を食いしばって耐えた年月に、一体どんな意味があったのだろうと悔やみ、そして自分を支え励まし続けてくれた夫はじめ近親の人たちや親しい友人などに対して申し訳がたたないという思いに駆られて悲しみの淵に沈んでしまうことが多いようです。

しかし、その暗い淵から這い上がって空を見つめ、明るい日の光に涙が乾いた時には、目に入ることがなかった身近な幸せに感謝の思いが湧いてきたという人もいます。そして子どもを持てなかったという事実と引き換えにもたらされたことの重さに気付いた、という声も多く聞こえました。そして、子どもを持てなかった自分の運命を素直に受け入れられるようになり、心から穏やかで安らげるその後の生活に満足しているということです。

◆初めから子どもを持つことを選ばなかった人たち

いくら周囲から「老後は寂しいよ、誰が面倒を見てくれるの」といわれても、人間、元々一人で生まれ、一人で死んでいくものでしょう?だからそんなことは全然気になりませんし、子どもを持たなかったことを後悔したことは一度もありません、という声は意外に少なくありませんでした。 また、日本的な価値観では、不妊でもないのにあえて子どもを作らないのは顰蹙を買うことは分かっている。だから「子供は?」と聞かれたら「欲しかったが出来なかった」ということにしているという人もいました。また、子どもができると夫婦の愛情の質が変わってしまうように思えるし、年月を経てもお互いを誰よりも大事に思い、夫婦の絆を強く保てているので、子どもを持たなかったことは全く後悔していないというケースも結構多いようでした。また、「自分の問題なのに、周囲からのプレッシャーだけで子どもを産むのは無責任」、「そもそも価値観が異なる人に自分の意見を押し付けたり、左右されたりするのは違うと思う」、「産んでからの後悔は、産んでしまった子どもの人格にもかかわってくる。だから産んで後悔するよりも、産まない後悔のほうがずっと救われる」という声もありました。こういった声をまとめると、初めから子どもを持つことを選ばなかった人たちは、感情の振幅がほとんど見られないことがわかります。そして、伸び伸びと自分の人生を謳歌しているようにも見えます。

しかし、何年も不妊治療に苦しんだ末、虚無感や喪失感に襲われて大きなものを掴んだ、といったドラマチックな展開はないようにも見られますが、「子供を持ちたくない」という思いの根底には、本人も気づいていない深い悲しみが潜んでいるのかもしれません。たとえば、親からの虐待を受けた人からの声では、「親になってはいけない人が子どもを持ったことが原因で、親に愛されない子供が存在しているのも厳然とした事実」だという声も目立ちました。親から虐待を受けたというある人は、「親が愛情を注ぎ、励ましてくれる普通の家庭が、夢の楽園のように思えた」と言います。ですから実際に子どもを持つかどうかは別にしても、子供を持ちたいという感情を抱けること自体はとても豊かなことだと言えるのかもしれません。

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