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不妊ではない私の「産まない決断」とその後

特に身体的に不妊だということではなく、単に子どもを希望していないだけの理由で夫婦二人暮らしを選んだ人は、自分自身や配偶者、親など周囲の人との軋轢はなかったのでしょうか。またあったとすれば、それをどのようにかわして今日に至っているのでしょうか。そして、自分の選択をあらためてどのように思っているのでしょうか。

◆そもそも意識が子供に向かないので・・・

子どもを望んでいる人にとっては、子どもの存在はとても大きなものです。しかし子どもに価値観を置いていない人には、そもそも大きな問題ではないということが、まず前提としてあるようです。したがってそもそも「子ども」自体に意識が向かないので、決断というよりも子どもを持たないのが自然の流れということなのでしょう。また、「元々子供をかわいいと思えない」、「子供は嫌い」という人も目立ちました。いずれ、「そこに価値観がないから」という考え方が根底にあることは一貫しているようでした。

◆子どもを抱えて苦労していた人(親)を見て「自分はああなりたくない」

幼少期から子育てする親の苦労する姿を見て、思い出すたびに感謝の思いで目が潤む、という人がいる一方、「自分はああはなりたくない」と感じる人もいるようです。そういった場合、子育てに暗い印象がつきまとうとか、自分が幼少時に親から育ててもらっていることに関して、いつも恩を着せられ続けた、といったようなトラウマが影響していることが多いようです。

◆実際に産めるタイムリミットが過ぎてみて

「周りからのプレッシャーから解放されるので、ある意味安心した」、「なんの後悔もない」、さらに「親からのプレッシャーとの戦いに勝ったと思った」、また、「毒親からの負の連鎖を断ち切ってせいせいしている」という人もいました。心が痛んだり後悔したりといった声は、少なくとも表面には殆ど表れてきていないようです。

◆周囲から言われたこと

子どもを持たないことについて、周囲の人から言われた言葉で多かったものと、それに対してどう思ったかを挙げてみました。

●「子どもがいないと離婚するよ?」
→関係ない。子どもがいてもいなくても離婚する人はするし、しない人はしない。

●「後悔するよ」
→価値観の違い。子どもがいて後悔する人もいる。

●「寂しくないの?」
→全然。仕事も趣味も充実している。そもそも寂しさを埋めるために子どもを作るなんて動機が不純。

●「少子化なのに、産まないのは無責任でしょ?」
→仕事で貢献して高額納税している。

●「女は子どもを産んで一人前」
→産まないからと言って不完全呼ばわりされる筋合いはない。「ねばならない」発想で自分の価値観を押し付けないでほしい。
ちゃんと自立して世の中に貢献する仕事をして、人並み以上の納税もしている。

●「自分勝手に遊んで暮らしている」
→子供がいない分、仕事が充実しているし、少なくても人に対してそんなことを言っている暇はない。

◆自分の決断について、改めてどう思っているか

子どもを持たないと決断して年月が経ち、そろそろ老後という年代に差し掛かる人の声で 多いものを上げてみました。

〇経済的な事を含め、いなくてよかった。子どもがいない分、時間と経済に 余裕がある

〇子どもがいても、寂しい人はいくらでもいる。 子供がいるからこその寂しさもあるのではないか。

〇子育てに縛られることなく自由を謳歌できてよかった

〇老後の幸せは子供のいる・いないには全く関係ない。

〇子どもがいる人は、夫婦間の問題を子供のせいにすり替えていると思う事もある

〇違う価値観の人と幸福度を比べるのはナンセンス

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